小説「ゴールドラッシュ」

小説「ゴールドラッシュ」 小説

この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

小説「ゴールドラッシュ」

ーあらすじー
女優を目指している主人公・吉川梢は、母との関係に悩んでいる。傷つくような言葉を平氣で告げる母に、梢の心はいつも痛んだ。
母に反発するように、高校を退学し上京する梢。新聞配達所に住み込みで働きながら芝居のレッスンに通い、ホステスとしても働き始める。

そんな梢に主演映画の話が舞い込んでくる。だが、喜びも束の間、友人の希子が自殺してしまう。母の介護も必要になり、前途を閉ざされそうになる梢。

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序幕  〜しかめっ面の女ピエロ〜

六月の今日、梢は退学届けを提出した。
「考えなおす氣はないのか?」
長年の経験から高校を中退した先に輝かしい未来が待っている人間は、ほんのひとにぎりであることを知っていた担任は梢の決心を確認するように問いかけた。退学届けには両親の署名と押印されているので、本人が撤回しない限りは受理するしかない。
「すみません。お世話になりました」
道端の緑の葉に光る雨露を眺めながら、いつもと同じ帰り道をいつもと同じ心持ちで歩いた。心地よい風が私の頬を優しくなでてゆく。
もっと心が揺れ動くかと思ったけれど、私の意識は淡々とやるべきことをやるように静寂そのものだったし、どこか冷めてもいた。それを客観的に見ている自分もいて、これでいいんだと肩の荷がおりたような清々しさがあった。

私が生まれ育ったところは何もない場所だった。大きな川が流れ、見渡す限りの田んぼや畑、遠くにそびえる山に囲まれて私はのんびりと育った。ただ、この土地は戦争の跡地らしく、私が小学一年のころだったか、大きな川の底に沈むミサイルのようなものを撤去するために近くの住民は避難するようにと命令が出されたことがあった。川に沈んでいるそれは事故もなく数時間かけて無事に運びだされた。家に帰ると町内アナウンスが流れ、私のあずかり知らぬところですべてが終わったことを知った。撤去されたものの重さや形はよく知らないが、私にとって同じ日常の繰り返しのなかにこんなことがあるとワクワクしたのを覚えている。

町にコンビニエンスストアができたのは私が高校生のときだ。小さなスーパーや個人でやっている魚屋とかはあるので、普通に生活する分には日常生活に不便はない。通っていた小学校の通学路にある小さな本屋には私がワクワクするものがないので、あまり行ったことがない。隣町に行く足もないので、本はもっぱら図書館で取り寄せてもらっている。

それでも小学生のころは小さな本屋の前を通るのが楽しみだった時代があった。小さな本屋の窓に貼られている映画のポスターの女優さんを見ては、私もこんなふうに輝きたいと思いながら通学したものだ。
その女優の名は、あさぎりひろ子だ。
この映画のオーディションで決まったそうで、有名女優でもオーディションを受けるんだなぁと驚いた。
テレビで映画のメイキング特集が流れていて、監督に自分の演技論をぶつけている彼女の作品に対する熱意が印象的だった。私は彼女のそういうところが好きで、私よりひとつ年上でとても大人っぽく、笑うとえくぼができる表情がとてもあどけなく可愛らしく、私の好きな女優さんだった。

映画は、十八歳の児童養護施設で育ったヒロインが、ひとまわり以上年上のお金持ちの男性と恋に落ち、けんかになりながらも、その男性から教養や振る舞い、マナーなどを教育される。その彼が事故で亡くなってしまうと、周りの嫉妬から命を狙われいろいろな苦難が待ち構えているが、彼女はそれらを乗りこえ、もともと持っていたデザインの才能と努力で、ウエディングドレスのデザイナーとして国内外で活躍していくというものだ。

私は父親に頼んで、隣町まで彼女の映画を観に行ったことがあった。
「ポップコーンは買うか?」と父に聞かれたが、私は映画に集中したいため「いらない」と答えた。
私はテレビで観たメイキング特集と、本編を照らし合わせながら観ることが楽しく、映画ってこんなふうに作っていくんだと、たくさんの人間が関わっていることが興味深かった。
あさぎりさんの同世代とは思えない色氣のある演技に、私はドキドキしながらその映画に見入った記憶がある。

私は映画館の売店で、撮影シーンなどの裏話なども記載されているパンフレットを買った。あさぎりひろ子という女優をもっと知りたかったからだ。家に帰り、私はそのパンフレットの隅々まで目を通した。
やっぱり、私はこの女優が好き。顔も演技に対する取り組みかたも…。
女にも女の好きなタイプがあり、私はやはりあさぎりひろ子というひとりの女優にひかれた。
劇中の命を狙われたヒロインがそれに屈しず、夕暮れの川の土手をひたすらひとりで歩いていくというシーンだ。

しばらく私は、家でも学校でもずっとあさぎりひろ子という女優への憧れで、登下校中はヒロインのように顔をあげヒロインになった氣分で前だけを見て歩き、絶対に私は女優になる、そんな氣持ちよさを味わっていた。
非日常な世界のすべてを私は本や雑誌や漫画、そしてテレビや映画の世界で知り、私の知らない場所にはそうした世界があると胸が高鳴った。
何もない自分にもきっとなにかあるんじゃないか、私にだって見つけられるんじゃないか。何が見つかるかわからないけど、微かだったとしても希望はあるはずだし、スポットライトを浴びてみたい……私のなかに、笑顔を見せ美しく輝く映画のなかの女優への憧れがどんどん高まっていった。
そう、この女優になる夢を形にするため、退学し上京することを決心した。

私が自主退学を選択するまでの経緯は、こんな感じだ。
私、吉川梢は恋愛すら知らない、来月十七歳になる高校二年生だ。私は昔から変わっていて、よくも悪くもユニークで少数派だった。今でこそ笑って話せるが、よく覚えている話がある。
小学生のとき、「学校って好きじゃないから、毎日行きたくはありません」と真面目に担任に言ったことがあった。
「そうねえ、吉川さんはお友達いないでしょ? 体育も苦手でしょ? お絵かきや図工もあれだし、なんか給食もおいしそうに食べてないし、普通なら学校に来て楽しいねと思うようなことがひとつくらいあってもいいけど、よく考えてみれば吉川さんは何もないわねえ」
この先生は、私のことがあまり好きではなかったのかもしれない。だから、先生は厚意で私の言葉を受けとめず、つい本心を漏らしてしまったのだと思う。
本当のことを言われてとてもショックだった私は、もう二度と誰かに相談やアドバイスを求めることはやめようと思った。

大杉ナツナ

「自分を深く知る」ことをさまざまな角度から探求し、自分を癒やしていく過程で、生きづらさの原因がHSPという特性であることにたどりつきました。

このブログはHSPという特性に向き合いながら、結婚と天職を手に入れるまでの心の深海潜水夫記録です。

大人になってHSPを知り、ふに落ちた過去の思いを忘れずに書きとめておきたいと思い始めました。小説も書いています。

現在、工場で働くHSPアラフォーです。
あくまで、個人的考察です。

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