小説「ゴールドラッシュ」続き5

小説「ゴールドラッシュ」 小説・ポエム

梢の条件に合うお店は少なかった。また、貯金があるとはいえ、給与が入るのは翌月であることを考えると、なるべく早く働きだしたかったこともあり、できるだけ受けがよさそうな紅のスカート、そして慣れないヒールを履いた。
鏡の前に立つと、大胆にカットされたスカートのスリットから梢の長い脚がのぞいている。
きちんとメイクしたことがなかった梢は、どの色が自分の目を映えさせてくれるのかわからなかったが、チャームポイントだと思っているアーモンド型の二重の目を際立たせられるだろうと、はずれのない薄いピンク色でグラデーションを作った。
梢はメイクの仕上がりを氣にしなかった。自分ではわからないから氣にしようがなかった。

真夏の日差しがコンクリートに照り返され、梢の顔をジリジリと焼く。
初めて歩く街並みに迷いながらたどりついたお店は、八階建てのビルのなかにあった。張り出されている看板の七階を確認すると電話したお店の名前があるのを見て梢はホッと胸をなでおろし、エレベーターで向かった。
扉は開けっぱなしになっており、開店準備に追われる黒服の男が慌ただしく働いていた。開けっぱなしになった扉の向こうに梢の知らない高級感があるお酒やたくさんのグラスが並べられているのが、ちらっと見えた。
私ってここで働いて大丈夫なのかしら?
梢はお店のラグジュアリーな雰囲氣に少し萎縮した。ここでも自分に自信がなく、すぐに一歩が踏み出せなかった。
「あのー……、すみません。面接に来ました吉川ですが……」
梢はおそるおそる黒服に声をかけた。
「あっ、ごめん。氣づかなかった。もしかして面接の子? ちょっと待っててね」
十分くらいたっただろうか。ようやく奥のテーブルに通されたので、梢はかばんから履歴書を取り出した。その黒服の男とは別のマネージャーらしき男が現れ、梢を上から下までなめるように見た。

「十八歳だけど高校生?」
「いいえ。高校は退学したのでフリーターです」
「こういう仕事は未経験なんだね」
ため息まじりにそう言いながら梢の履歴書をぐちゃぐちゃに丸めた。不採用ということだった。
梢は嫌悪感を抱いたが、仕方ないと割り切ることにした。それならそれでいいわとあっさりしていたものの、自分の何がよくないのかを聞く勇氣はなかった。
帰りがけに「未経験なんだね」と言われたことが引っかかった。
電気屋店頭に並べられているテレビに映し出されているキャスターが原稿を読み間違えたのを見て、梢はハッと氣がついた。
会話を切り出せずに終わったからだ……。
だから名刺をもらえなかったんだ。
氣を取り直して、梢は別の横浜の有名店に面接に行った。

二店目のお店も履歴書をぐちゃぐちゃにされたお店と同じ飲屋街にあるので、梢は面接で会った男とすれ違いたくないなと思った。
お店の広さは前回のお店と同じくらいの中箱と大箱の間くらいであった。ヘアーメイクスタッフや個人ロッカーが用意されていて、お店が終わったあとの送りもある。ただ、梢がネットで見た写真とは少しイメージが違った。高級クラブというよりキャバクラみたいだった。
「ネットの写真と雰囲氣が違うんですが」
「あー、あの写真ね。あれは改装前で今度雰囲氣をガラッと変えることにしたんだよ。いちおう高級クラブでキャバクラではないよ。今オープニングスタッフを募集しててね。一週間後に改装オープンするから、初日の十七時半から出勤できる?」
「はい、十七時半から大丈夫です。よろしくお願いします」
梢は即答し、オープン初日から勤務することになった。
これからのオープニングからいる女の子たちやスタッフと、あとに入ってくるであろう女の子たちを比べるなら初期メンバーのほうが居心地はいいだろうと梢は思った。

二十一歳 十一月
事件が起こった。
その日、このお店で働くようになって三年目の梢が、着替えようと個人ロッカーの鍵を開けようとしたら鍵が入らなかった。
……そういう手段に出てくるのね。
とっさに女たちの嫌がらせだとわかった梢は笑ってしまった。アンチは必ずいる。妬みや嫉妬、足の引っ張りあいがあることを前提に考えていた梢にとって、それはバカげたことだった。
すでに梢はナンバーワンに登りつめていた。
ねたまれたり、応援していただいたりのなかでやっていくしかない。これでいい。それにしても、お客を待たせるなんてプロ失格ね。

「私のロッカーの鍵が開かないんです」
「いたずらだな、仕方ない。今日はお店にあるレンタルドレスで出てくれないかな? 明日には鍵を付け替えるから」
支配人がため息交じりに言った。
女の子たちがぞろぞろ出勤しいっせいに着替えるなか、業者に頼むことは無理だ。
梢は何着かあるレンタルドレスを見渡し、フリルのついた薄いライラックのロングドレスを手にとった。明らかに胸元の開いたセクシーなドレスはもっと品がないし、青は似合わない。飾りが豪華なものも梢のセンスではなく、選択肢から外れた。フリルは似合わないが、似合いそうなドレスはこれしかなかった。
ちょっと品のないところが嫌でもお客を待たせるわけにはいかなかった。
梢はそれに素早く着替えると通勤してきた白いヒールを履き、お客の前に出た。

「いつもと違うじゃん、どうしたの?」
「氣まぐれでイメチェンしてみたんです」
梢は本当のことを言わなかった。
「びっくりしたけどいいんじゃない?」
「前のほうがしっくりくる」
賛否両論でどの席もこのドレスの話題で盛りあがり、あえて会話を探さなくてすみ梢にとっては結果オーライだった。
ざまーみろ!
梢は心のなかでつぶやいた。
このお店のなかに犯人はいる。向こうも向こうで、自分がやったとバレるような意地悪はさすがに仕掛けてこない。ほんと女はしたたかだ。女というよりメスかしら?

しばらく常連の席についていた梢は、支配人に呼ばれて別の席に着いた。
「ご指名ありがとうございます。吉川梢と申します」
梢は名刺を差し出した。
梢を場内指名したその客は高級な赤ワインを一本入れてくれた。
交換した名刺には『代表取締役』と書かれている。風間洋介は食品会社の社長だった。
「なんかあったんだろう? 僕にはわかるよ、嫌がらせだろ? ずいぶん昔だけど、僕にもそういうときがあったからね」
「へー、そうなんですか、何があったんですか?」
梢は風間社長のワイングラスに赤ワインを注ぎながら、興味津々を装い聞いてみた。
接客の定番だった。

大杉ナツナ

「自分を深く知る」ことをさまざまな角度から探求し、自分を癒やしていく過程で、生きづらさの原因がHSPという特性であることにたどりつきました。

このブログはHSPという特性に向き合いながら、結婚と天職を手に入れるまでの心の深海潜水夫記録です。

大人になってHSPを知り、ふに落ちた過去の思いを忘れずに書きとめておきたいと思い始めました。小説も書いています。

現在、工場で働くHSPアラフォーです。
あくまで、個人的考察です。

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