小説「ゴールドラッシュ」続き4

小説「ゴールドラッシュ」 小説

優弦は潔癖症なのか、いつも左手に塗られたマニキュアがはみ出ていることはなかった。自分をプロデュースする一環としていつも黒いマニキュア。その奇抜な姿とは裏腹に同じ夢を追う者として梢はまったく不快感を感じなかった。
「優弦は、なんで左手しかマニキュアを塗らないの?」
「右利きだから、左手でうまく塗れないからだよ。だから左だけにしてるんだ」
「そうなんだ」
「いきなりだけど、僕たちのバンドでボーカルやらない?」
梢は優弦のオファーを喜んだ。
夢をあきらめて現実的に生きていきたいとボーカルが辞めてしまったため、優弦は梢にオファーを出したのだった。梢が女優志望であることを知っていたが、ビジュアル面で目をひく美少女だからという独断であった。
優弦は新しい人間を入れる入れないは、まだ他のメンバーに許可は取っていなかった。
しかし、やりたいことは音楽ではなくお芝居だった梢は断った。
梢が部屋に戻ると、オーディションの案内が届いていた。書類選考はひとまず合格。次の審査は、二十二日の日曜日に演技審査を行うと書かれていた。

願掛けも兼ねて占星術の本を開くと、水星が逆行中だった。どんなトラブルに見舞われるかわからないと不安を感じた梢は、交通機関の乱れを想定して三十分早い電車に乗り、オーディション会場へと向かった。早く着いたら、時間までどこかでお茶でもしていればいいと梢は思っていた。
しかし、危惧していた電車のダイヤの乱れはなく、梢は余裕を持って最寄りの駅に到着した。そのため、梢は外でスマホをいじりながら時間をつぶした。
頬をなでる秋風に、徐々に暑い日の記憶を消していく氣配を感じた。

オーディション会場の受付には、同い年くらいの女の子たちが集まっていた。
三十人くらいかな……。
梢は受付をすませると、二ページの簡単な朗読の文章と台本のコピーをもらった。
台本のセリフを全部覚えて自分なりに表現してくださいと言われたので、梢は用意されていた待合室で覚えながら自分の番を待つことにした。
時間になると、事務所のスタッフから説明があった。
審査はひとりずつ進行し、台本は警察署の取調室で刑事に問いつめられている犯人の役だった。
梢はイメージした。思いついたのは、ふてくされた態度で反省していない犯人だった。
ひとり、またひとりと呼ばれていき梢の番がきた。
緊張しているのか梢の喉は乾いていた。メイクを直すのも忘れてしまったがもう遅かった。

「どんな女優さんになりたいですか?」
「映画で活躍する女優になりたいです」
内心ありきたりだなと思ったが梢は精一杯だった。
「目標にしている人はいますか?」
「あさぎりひろ子さんです」
「どういったところが魅力的ですか?」
「えーと、自分と同世代なのに大人っぽくて、しっかり自分の意見をもっているところです」
「彼女の作品は観たことはありますか?」
「はい」
「なんですか?」
「あさぎりさんがウエディングドレスのデザイナーとして、国内外で活躍していく映画です」
五人の審査員から、いくつかの質問とシビアな視線が向けられる。
「好きな色はなんですか?」
「白とピンクです」
「緊張していますか?」
「はい、すごくしています」
はにかみながら梢は答えた。
「じゃあ、演技の相手はこの人にやってもらいます」
見たことがない人だけど、きっと事務所に所属している人よね?
「よーい、スタート」
相手の俳優の表情が変わる。初めて人前で演じる梢は必死だった。
「カット。ありがとう」
梢はだいたい四十分くらいの審査を切りぬけ、結果を待つのみだった。
梢は試験会場の外に出て深呼吸を何度もし、緊張のせいで固くなった体に血液を循環させた。そして、これからまたいつもの日常が始まると、自分に言い聞かせた。

十七歳 十月
オーディションの結果が新聞配達所に届いた。
梢はすぐ自分の部屋へ戻り封筒を開けた。『所属合格 費用全額免除』と書かれた紙片をまじまじと見つめながら目を輝かせた。そして、もう一枚の紙を見るとレッスンのスケジュールが記載されていた。レッスンは都内で来月から始まり、第三土曜日以外の土曜日の昼ごろから十九時までびっちりと組まれており、演技の他にボイストレーニングとダンスレッスンもあった。
レッスンに集中するため、梢はもっと給与がよく体力的にきつくないところで働きたいとホステスへの転職も考えた。
来年十八歳になったら考えようと思った。

十八歳 七月
猛暑にもかかわらず、氣持ちいい風がクリーニング屋のハンガーにかかった色とりどりの服を揺らしていた。
梢の部屋は扇風機しかないため、屋上の日陰のほうがよっぽど涼しかった。柔軟剤の香りをほのかに漂わせながら、氣持ちよさそうに風に揺れている洗濯物を横目に、梢はスマホでホステスの仕事を探していた。いろんなお店の写真を見て、フロアレディと書かれたホステスの仕事のイメージを膨らませる。
都内の賃貸は高くてまだ手が届かなかった梢は、神奈川に引っ越すことに決めた。そして、体力的にきつい新聞配達を辞めるため、梢は誰もいない時間を見計らって八月いっぱいで新聞配達を辞めたいと店長に話した。

「なにかあったのか?」
店長は心配そうに梢の顔を見た。
「私、去年の十一月からレッスンに通っていて、それで時間的に余裕がほしくて別の仕事がしたくなったんです。すみません」
「そうか、ご両親には言ってあるのか?」
「はい。頑張れと言ってました」
梢はうそをついた。
「次の仕事は決まっているのか?」
「まだ決まっていません」
「決まってからやめたほうがいいんじゃないか?」
「やめて区切りをつけてから考えたいんです」
「…そうか、まだ若いんだから頑張れよ」
渋々折れる店長。
「すみません。ありがとうございます」

十八歳 八月
夏空に真っ白な入道雲が沸き立っていた。
神奈川へ引っ越した梢は、ホステスの求人広告を探した。中箱か大箱くらいの高級クラブで、終電で帰宅か全額タクシー代を出してくれるところ、個人ロッカーとヘアーメイクさんがいるところを条件とした。歩合制であることも外せない条件のひとつだった。ママやチーママに管理されるのは嫌だったので、ママがいないのも条件とした。
いくつか電話をかけてみて、面接のタイミングがよかった横浜にあるお店に挑戦してみた。両親との電話でさえも苦手な梢は、電話口ですら緊張でしどろもどろだった。

大杉ナツナ

「自分を深く知る」ことをさまざまな角度から探求し、自分を癒やしていく過程で、生きづらさの原因がHSPという特性であることにたどりつきました。

このブログはHSPという特性に向き合いながら、結婚と天職を手に入れるまでの心の深海潜水夫記録です。

大人になってHSPを知り、ふに落ちた過去の思いを忘れずに書きとめておきたいと思い始めました。小説も書いています。

現在、工場で働くHSPアラフォーです。
あくまで、個人的考察です。

大杉ナツナをフォローする
タイトルとURLをコピーしました