小説「ゴールドラッシュ」続き3

小説「ゴールドラッシュ」 小説

十七歳 八月上旬
梢は憧れの東京に着き、人混みのなかをすり抜け電車に乗った。そこで感じたのが、自分は田舎くさく都会の人種はやはり雰囲氣が違うということだった。
面接してもらった新聞配達専売所に着くと、二階に案内された。割り当てられた六畳の部屋は、実家の部屋と似たような薄いピンクのカーペットが敷かれている。先に送った荷物が部屋の隅に置かれていた。
従業員は梢をいれて五人。梢と同い年で音楽の専門学校に通っている清水優弦(しみず うげん)という男子と、近くのアパートの三十代の男性、福岡出身の歌手志望で優弦と同じ専門学校に通っている梢よりひとつ年上の女子、秋田出身でファッションデザインを勉強しているらしいふたつ年上の色白美人がいる。
優弦は男子だからということで、専売所が借りたアパートに住んでいると聞いた。
配達が終わったら、一階のテーブルで店長の奥さんが作った朝食をそれぞれに食べ、それぞれの学校へ行く。たまに店長や奥さんや息子さんがいることもあり、会話が弾む人もいれば眠そうにしている人もいて自由な雰囲氣だった。

「吉川梢です。お芝居の勉強のために東京に出てきました。よろしくお願いします」
重いものを抱えていた梢は、簡単な自己紹介に留めた。
「いくつ?」
ふたつ年上の色白美人が、優しく声をかけてくれた。
「十七です」
「同い年だね。僕は清水優弦、優しい弦と書いてうげんだよ」
「吉川梢です。珍しい名前ですね。よろしくお願いします」
みんな、家庭環境に何かを抱えてここに来たのだろうか。
誰ひとり自分の背景について語らなかった。
梢はこれから年上の女子ふたりや店長夫妻、店長が飼っている真っ白なスピッツとの共同生活が始まることにワクワクし、自分なりに一歩ずつ進んでいることが誇らしかった。

しかし、働き始めてしばらくすると、順調そのものと言える生活とは裏腹に、心のなかにモヤモヤとしたものがくすぶっていった。
こんな風景をただ味わいたかったばかりに、私は家を出たのかな? だとすれば、女優の夢は偽ものだったのだろうか?
葛藤が始まりそうになった梢は、もう過去に戻ることは考えたくないと心のノイズを慌てて消した。自分で自分自身を救いたかった梢は、両親から与えられてこなかったさまざまなもの、満たされなかったものを大人になった自分が自分自身に与え、育てていく必要があると感じていた。

荷物の整理が落ちつくと、梢は駅ビルの本屋で買ったオーディション雑誌をパラパラとめくった。そして、田舎者の梢でも知っている女優が天使のような笑顔で写っていたページに目がくぎづけになった。そこの募集には『所属合格者はレッスン費用全額免除』と書かれていたこともあり、そのページを丁寧に破り、机の上に置いた。梢は上京したことで都内でのレッスンに通える者という条件をクリアできた。
募集の締め切りは今月。いつでもオーディションに応募できるようにとかばんに入れておいた写真を取り出した。
梢は地元の写真館で撮った上半身アップと、全身写真の裏にボールペンで名前を書いた。雑誌についていた履歴書を使い、履歴書の枠に入らなかった写真の下と右側を少しハサミで切り落とし貼り付けた。最後に親の承諾書は字体を変えて書き駅前のポストへ入れた。

十七歳 九月
九月も半ばだというのに、夏が戻ってきたような暑い日曜日、梢は優弦から声をかけられた。
「僕の秘密の場所を教えてあげるよ。夕焼けがきれいなんだ」
優弦って寂しくなることもあるのね。……なんてね!
梢は新聞配達が休みだったこともあり、優弦の誘いにのってみることにした。
徳島県出身の優弦はバンドでメジャーになるため、ここで働きながら音楽の専門学校に通っている。梢と同い年とは思えないほどしっかりしていて、なんでも学校の仲間とバンドを結成したらしく、ギター担当とバンドのリーダーを兼任している。
梢にとって優弦は恋愛の対象ではなかったが、なんでも話せるよき友達ではあった。
優弦に誘われるまま新聞配達する自転車で後ろをついて行った。

行き先は、高台にある小さなお寺だった。お寺の敷地横に自転車をとめ、優弦と梢は細く長い階段に座りお互いの夢を語り合った。
経験してこなかった青春のやり直しをしているみたいで、梢の胸はキュンと締め付けられた。自ら封印していた感じてはいけないものに触れてしまったようで、しかしそれは疑いようもない事実であり、梢の心が揺れた。
梢のなかにある怒りが溶けてしまうと、夢を追いかけられなくなるという確信があった。梢は、不器用な自分を誰よりもよく知っていた。だから傷ついていない振りして世間を斜に構えて見ていた強氣な自分を保つため、ダムから大量の水があふれ出すかのようにあふれ出る感性を必死でくい止めようとしていた。

空は秋のせいか、薄いローズクォーツとアメジストの色合いが幾重にも重なりグラデーションを描いていた。
梢は今まで見たことがないめまいを感じるほど美しい夕焼けに圧倒され、言葉が出てこなかった。
夕焼けの美しさを、今まで誰が教えてくれたっけ?
センチメンタルな氣分になり、梢は泣きそうになった。
人恋しかったのは、優弦ではなく梢自身だったのかもしれない。
私たちがなにかしていてもしていなくても時間は止まってくれないし、季節が変わって一年が過ぎ、どこかで人が死にどこかで新しい命が生まれる。人間の営み、輪廻転生……。
二度と戻らないこの一日一日、一瞬一瞬にすてきなエッセンスや可能性があった。心が休まる日々の繰り返しがありがたい。私たちは生きているんじゃなく生かされている。

ーーーーどうか、私が自分の価値を受け入れられるように導いてください。
ーーーー小さな幸せをちゃんと感じて、私の人生に喜びがあることを実感させてください。
ーーーーいいこともそうでないことも、どちらもあってよいと素直に思える心のしなやかさを育ててください。
ーーーー自分の思うとおりに生きられるように後押ししてください。

梢は、美しい夕焼けを見ながら心のなかで祈るようにつぶやいた。
普通に生きている田舎の人たちしか知らなかった梢が、鼻にピアスをあけメイクもして、自分の指にマニキュアを塗っている男子をリアルに見たのは初めてだった。それはとても新鮮なことで、自分も人と違っていいんだと自分を素直に肯定できるような氣持ちになった。

大杉ナツナ

「自分を深く知る」ことをさまざまな角度から探求し、自分を癒やしていく過程で、生きづらさの原因がHSPという特性であることにたどりつきました。

このブログはHSPという特性に向き合いながら、結婚と天職を手に入れるまでの心の深海潜水夫記録です。

大人になってHSPを知り、ふに落ちた過去の思いを忘れずに書きとめておきたいと思い始めました。小説も書いています。

現在、工場で働くHSPアラフォーです。
あくまで、個人的考察です。

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