小説「ゴールドラッシュ」続き22

小説「ゴールドラッシュ」 小説・ポエム
インナーチャイルドの傷を抱えているあなたの背中を、そっと後押しします! あなたの「きっかけ」になれば幸いです。

終幕 〜開封された手紙〜

三十歳 十一月
一氣に秋が過ぎ冬が到来した。肌を刺すような寒さが身にしみる。その冷たさは世間の声も含んでいるようだった。記者会見から一カ月がたっていた。やはりすぐに仕事というわけにはいかず、梢は事務所から電話が入るまでは基本自宅待機だった。
マスコミは落ち着いてきたが、世間がどのように評価しているのかが氣になった。
シャワーを浴びた梢は、髪を乾かすのもそこそこにパソコンで自分への世間の声を検索した。ネットの意見は批判や悪口もありすべてが本音とは思っていないが、梢への世間の反応は冷ややかなものだった。

----人を殺して復帰するなんてありえない。
----テレビに出ないでほしい。
----出ている番組があったらチャンネルを変えるわ。
----もう年なんだから、いまさら女優なんて無理なんじゃない?
----復帰にお金をいくら払ったの?
----昔のオーラはなくなったね。
----なんか老けたよね。

顔や名前も知らないネットの意見はシビアだった。梢は自分がおかれている状況や世間の批判もすべて覚悟のうえだったが、胸に熱い火箸をあてられたような痛みが走った。
それでも梢は女優でいたかった。
演じている間はすべてのつらいことを忘れられる。よーいスタートのカチンコがなる前の氷がピンと張ったような静寂、なった瞬間に現実とは違う空間にいるような言葉で言い表せない感覚が好きだ。
徳島の優弦からラインが届いていたので、梢は電話をかけてみた。
「もしもし、梢?」
「うん、久しぶりだね。元氣?」
「俺は元氣だよ。見たよ、あの記者会見」
「うん」
「もう、氣持ちは固まってるんだな」
「うん。私はこの仕事が好きだから仕方ないよね」
梢は電話を片手にうれしそうにほほ笑んだ。
「元氣そうでよかったよ。女って、やっぱり強いな」
「そうだね。もう私、人からなんて言われてもいいの。好きか嫌いか、やりたいかやりたくないかだけなのよ。人から認められたいって欲求で自分を見失うのは嫌なの」
「そうだな。まあ、俺はテレビを観てしか応援できないけどな」
支配人や梢が女医の役を務めた当時の共演者やスタッフたちからも、たくさんの励ましの言葉が届いていた。

三十歳 一月
新年を迎え、梢は正月も雫と耀といっしょに家でのんびりと過ごしていた。梢にはまだ仕事はなかった。しかし、新しい年を迎えたことで何かが変わったのか、自宅待機の梢に主演舞台の話が舞い込んできた。内容は主役である専業主婦の梢が、夫の浮気に狂乱して殺害してしまうというものだった。梢も、主婦の役がくるのは当たり前の年齢になっていた。

梢が事務所へ行くと、そこには脚本家と事務所の社長とマネージャーが待っていた。
マネージャーから渡された台本を読むと、梢のために書かれたものだというのが手にとるようにわかった。
「これ、自分に似ている氣がします」
「俺がお願いしたんだ。おまえが主役で脚本を書いてくれって頼んだんだ」
社長がこともなげに言った。
「記者会見を見てすぐ書いたよ。急ぎって言われたからさあ」
脚本家が笑いをかみ殺しながら梢の肩をポンとたたいた。
「そうなんですか?」
「社長に頼まれたんだ、絶対君を復帰させたいからって。社長とは、お互い二十代のころからの付き合いなんだよ。あのときの社長の必死の顔といったら、人生で初めて見たかもしれない」
「そうだったんですか」
「舞台は初めてだっけ?」
「初めてですが、頑張ります」
「じゃあ、受けてくれる?」
「はい、喜んでやらせていただきます」
「よかった」
「ありがとうございます」
「稽古は二カ月あるから体力をつけといてね」
「はい」
「あと、舞台はナマモノだから、リアルでお客さんの反応がわかって面白いと思うよ。同じせりふや動きをしていても、毎回自分の感覚もお客さんの反応もまったく違うから。それが映像とは違う舞台の醍醐味だね。昨日はなかったアドリブを入れてくる役者もいるし、お客さんと一体感を感じて共有するんだよ。すべてが貴重な時間だよね。だから、中途半端なものは見せたくないから稽古はきついけど、頑張ってついてきてほしい。絶対勉強になるから」
「はい、頑張ります。こちらこそよろしくお願いします」
梢は感謝で胸がいっぱいだった。社長が本当に自分のことを考えてくれていること、そして多くの人が梢に女優でいてほしいと動いてくれていたことに感動した。
稽古は一カ月後に始まり、舞台の幕開けは四月五日で二週間の公演を予定していた。

三十歳 二月
今にも雪が降り出しそうな寒々とした空だった。
稽古初日は顔合わせ。監督やスタッフたち、共演者がそれぞれ自己紹介と舞台に対する意氣込みなどを話す日だ。今回の公演はお客さんが千人以上入る大劇場なので、顔合わせはスタッフたちも含め大勢の人がいた。
「おはようございます。主役を務めさせていただきます吉川梢です。舞台は初めてですが精一杯頑張りますので。よろしくお願いします」
梢は事件のことには触れなかった。
みんなが梢を値踏みするような目つきでしげしげと見た。順番に準主役、出演者やスタッフなどが自己紹介していく。

そして、舞台の本読みが終わり立ち稽古が始まると、待ってましたと言わんばかりに梢への共演者の嫌がらせが始まった。梢が稽古場の近くの駐車場からマネージャーと歩いていると、後方から来た黒塗りのベンツが梢らの斜め前にとまり、後部座席のスモークガラスがスーと下りた。それよりも、あと一週間で通し稽古に入るプレッシャーと、年齢を重ねたせいかセリフの覚えが悪くなっていることに焦りを感じていた。
梢は持っていたカイロを自分の頰にあてて温めた。

大杉ナツナ

「自分を深く知る」ことをさまざまな角度から探求し、自分を癒やしていく過程で、生きづらさの原因がHSPという特性であることにたどりつきました。

このブログはHSPという特性に向き合いながら、結婚と天職を手に入れるまでの心の深海潜水夫記録です。

大人になってHSPを知り、ふに落ちた過去の思いを忘れずに書きとめておきたいと思い始めました。小説も書いています。

現在、工場で働くHSPアラフォーです。
あくまで、個人的考察です。

大杉ナツナをフォローする
タイトルとURLをコピーしました