小説「ゴールドラッシュ」続き21

小説「ゴールドラッシュ」 小説・ポエム

梢は、もうすぐ秋が終わる氣配を感じていた。肌寒い朝にもかかわらず、梢の胸は熱い感情で高ぶっていた。
予定通り、一週間後、梢は世間を騒がせた謝罪と女優を続ける決意表明のため、記者会見を開いた。釈放されてから初めての公の場だった。
梢は、腰まであった長い髪を肩の上までバッサリ切り、ボブヘアーにしていた。これまでのしっとりとしたイメージから活発なイメージへと変貌したが、女優のオーラは健在であった。
会場に入ると、カメラやマイクを持った報道陣らが待ち構えていた。無数にたかれるフラッシュのなか、中央の席に向かう梢がいた。久しぶりの公的な場への緊張と、自分がバッシングされる可能性がある戦場への恐れから、梢の足は小刻みに震えていた。一瞬つまずきそうになったが無事にスタートラインに立つことができた。
そして、進行役がマイクを手に取った。

「皆さん、今日はお忙しいなかお集まりいただきありがとうございます。今から緊急記者会見を始めたいと思います。初めに吉川梢本人より今回の記者会見について皆さまにお伝えしたいことがございます」
一瞬会場がどよめき、無数のカメラのシャッター音とともに光線のようなフラッシュが一氣に梢に押し寄せた。
「今回の件でたくさんのかたにご迷惑やご心配をおかけしてしまったことを心より深くおわびいたします」
数カ月とはいえ、仕事から遠ざかっていた梢は、カメラのフラッシュに目が乾き何度も瞬きをした。
進行役は梢の事務所の専務が仕切った。
「それでは質問のあるかたは挙手をお願いします」
すると多くの記者が手を挙げた。順番に質問が飛んでくる。
「さきほど、転びそうになりましたが大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
優しい質問からキツい質問に入ってくるマスコミのやりかたはわかっていたため、梢はとっさに愛想笑いを顔に貼りつけた。
「吉川さん、今回は大変なことになりましたが、今はどんなお氣持ちですか? ファンのかたに一言メッセージをください」
「今まで応援してくださったファンのかたには、本当に申し訳なく思っています。それだけです」
「今後は、どうされるおつもりなんでしょうか?」
「最初は引退する旨を事務所に伝えました。でも、事務所の社長と話し合った結果、私はこの女優というお仕事が好きですし、今まで以上にみなさんに感動を与えられる作品を作ることが償いだと思うようになりました。私は、今後も女優のお仕事は続けていくつもりです。ただ、自分がやったことを考えますと好きということだけでは成立しませんし、私がテレビに映ることに嫌悪感を抱く人もいるかと思います。だから……事務所と相談しながら慎重にやっていきたいと思っています」
「以前、事務所との仲たがいで移籍するといううわさが出ましたが、移籍されるのでしょうか?」
「移籍はありませんし、仲たがいもありません。そういったことはいっさいございません」
「ホステスをやっていた時期があるというのは本当ですか?」
「すぐこの仕事に恵まれたわけではなかったので、経済的な理由から事務所のレッスンに通っている時期に、ホステスで生計を立てていたこともありますし、女優のお仕事とかぶっていた時期もあり、そのことを隠すつもりはありません」
梢は芝居がかった笑みを浮かべた。
「わかりました。ありがとうございます」
「次の質問があるかたは?」
専務は務めて冷静に進行役に徹している。次々に挙がる手を満遍なく当て、特定のメディアが優遇されないように氣を払っていた。
「はい。新聞配達していたのはなぜですか?」
「経済的な理由と私の家庭環境が理由です。私が上京した当初、十七歳でした。十七歳の私がひとりで生きていくためには家を出て住み込みで働ける場所が必要だったのですが、その条件に当てはまるのが新聞配達だったのです」
「今回の事件に戻りますが、母親との関係はずっとうまくいってなかったということでしょうか?」
「はい、家庭機能不全家族でした。私には、いつも葛藤や寂しさ、家庭への理想がありました」
「実家を十七歳で離れることに不安はありましたか?」
「もちろん不安もありましたし、それ以上に希望がありました」
「わかりました。ありがとうございます。最後にもう一点お願いします。高校は中退されたということでいいのでしょうか?」
「はい」
マスコミはひとつのスキャンダルにかこつけ、昔のことまで根掘り葉掘りほじくり返し梢を質問攻めにする。これは吉川梢が大女優であり、テレビに出なくなって数カ月たっても世間的に注目が集まる存在であることの証明だった。こうした質問の内容をつなぎ合わせて、面白おかしく、いかにもありそうなストーリーを描き出す。

丁寧にすべての質問に答えていくと、各メディアから挙がる手も徐々に疎らになっていく。
「それでは終了の時間が近づいてまいりましたので、次のかたで最後とさせていただきます。どうぞ」
「現在、お付き合いしている人がいるというのは、本当でしょうか?」
「はい、相手は一般人のかたで息子もいます。結婚を前提にお付き合いさせていただいております。釈放当日もふたりが迎えに来てくれました。これからいろいろとやらなければならないこともありますが、もっとみなさまに感動を与えられるすてきな作品を作れるように、女優として一から地道に頑張っていきたいと思っておりますので、温かく見守ってくださるとうれしいです」
梢は一氣にまくしたてた。見事なさばきだった。
カメラのシャッター音が機関銃のように激しくなった。
「お時間になりましたので、これにて記者会見を終わりたいと思います。お忙しいなかありがとうございました」
専務のアナウンスが流れ、激動の記者会見は無事に終わった。
梢は報道陣らに深く一礼すると、足早に会場を出て事務所の車に乗り込んだ。
すべてを吐き出した梢は懐かしい興奮を感じていた。それはひとりの女優のために舞台の幕があがり、スポットライトに照らされ頰がほてり胸が躍るときの感覚と同じだった。
記者会見でも梢は最後まで女優だった。

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この記事を書いた人
大杉ナツナ

「自分を深く知る」ことをさまざまな角度から探求し、自分を癒やしていく過程で、生きづらさの原因がHSPという特性であることにたどりつきました。

このブログはHSPという特性に向き合いながら、結婚と天職を手に入れるまでの心の深海潜水夫記録です。

大人になってHSPを知り、ふに落ちた過去の思いを忘れずに書きとめておきたいと思い始めました。小説も書いています。

現在、工場で働くHSPアラフォーです。
あくまで、個人的考察です。

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