小説「ゴールドラッシュ」続き19

小説「ゴールドラッシュ」 小説

本当の自立ってなんだろう?
内田との面会が終わった後、梢は無機質な部屋で考えた。
母の呪縛から逃れようとしても逃れられないいっときの自分の感情に翻弄されて、とっさに殺してしまった。私は母が嫌いだった反面、どこかで母に認めてもらいたい、それ以上に認めてもらえるようなことをして母や地元の人間たちを見下したかった。自分が玉座に座り高いところから見下してやりたかった。今は私の言動のなかにはすべて母の存在があったことが理解できた。そんなことで自分の人生を台なしにしてしまっていいのだろうか? いいはずがない。感情の虜になり、そのたびに一喜一憂して自分のエネルギーを消耗させるのはもう嫌だ。すべてを受け入れて、自分のために幸せになりたい…………。
公判の日、初犯であることや介護の疲れなどが加味され、執行猶予付きの有罪判決が言い渡された。

三十歳 十月
逮捕されてから二カ月後。裁判が終わってようやく梢は釈放された。暦は秋を迎え、とっくに夏の暑さは消えていた。
当日は、内田と耀が刑務所まで迎えに来た。
梢にとって懐かしい顔がそこにあった。
梢はいぶし銀のような白い筋が幾重にも入っている内田の髪を見た。そして、耀を抱きしめると照れながら「おかえりなさい」とささやいた。
梢の鼻をつらぬく街の匂い、頰にあたる空気には真夏の勢いはもうなかった。懐かしい顔が、梢を足が地面についていないような、夢見心地のような感覚へと誘った。
「ねぇ、最初に希子のお墓に行きたいの」
梢の言葉を聞いた内田と耀は黙ってうなずき、そのまま三人で鎌倉へ向かった。

「希子、ずっと来れなくてごめんね…………今日釈放されました。希子、私内田さんと結婚を前提にお付き合いしています。天国から見守っていてほしいです」
梢は希子の墓に駅前で購入した黄色い花を供えた。
希子を思い出して声を上げて泣きたい衝動にかられたが、梢は我慢した。
梢らは墓参りを終えると内田の家に向かった。

どこで知ったのか報道陣らがわんさかと待ち構えていたが、梢は記者会見するまでは何も話さないと決めていた。
梢は下を向き、報道陣らが梢をカメラに収めようと詰め寄るなかをかき分け、足早に家のなかに入った。
内田が冷蔵庫から出したペットボトルのお茶をグラスに注いでくれた。
梢がテレビをつけると、梢が釈放されたニュースで持ちきりだった。夜には事務所に出向いて報告やいろいろなことが待っている。
この報道陣らはいつまでいるのだろう。
梢は背中に汗をかいた。
「梢、これから仕事はどうする?」
「…………引退したい」
「女優に未練はないの?」
「…………」
「女優の仕事は好きなんだろ?」
「好きだよ。でも、もう私は犯罪者で世間は許さないでしょ? だから引退したいの」
「俺は梢の意見を尊重したいからそれならそれでいいけど」
「今日の夜、事務所に行って今後のことについて話してくるから」
梢は電話で二十時に事務所に行くことをマネージャーに伝えた。

肌寒い夜だった。
家の前の報道陣らが少なくなったころ、梢はタクシーで事務所に向かった。そんなに時間がたっていないのに梢にひどく懐かしさを感じさせるビルが変わらない姿で建っていた。
事務所に入るとスタッフは誰もいなかった。
ただ、社長だけが真っ暗な事務所の椅子に腰掛けていた。
梢は社長室で開口一番、「今日釈放されました。たくさんのご迷惑をおかけして申し訳ありません」と引きつり気味の声で謝った。
「釈放のことはお兄さんから聞いていたよ。こっちは、マスコミへの対応でいろいろあったけど大丈夫だ。それより吉川、体調のほうは大丈夫か?」
「はい。なんとか大丈夫です」
社長の優しい言葉に梢の目に涙があふれた。
「それならよかった。今後の仕事はどうするんだ?」
「引退したいです」
「うちとしては女優としてこのままサポートしていきたいと思っているんだが……お兄さんや、内田さんはなんて言ってるんだ?」
「兄にはまだ何も話していません。内田さんには私の意見を尊重すると言われました」
「いい芝居して償えよ、絶対サポートするから」
梢の話を聞いていないかのように、社長は一方的にまくし立てた。
「お芝居が好きだというだけでは成立しませんし、未遂に終わったけど、人殺しですから世間は納得しませんよ?」
「そうだな、世間のイメージは最悪だろうし、女優を続けていくとなるといばらの道だろう。街を歩いてもネットでもたたかれるのは目に見えているからな。だけどな、だから頑張るんだよ。感動するいい作品を作って償うんだよ。おまえ、芝居が好きなんだろ?」
梢はハッとしたが、自分がやってしまったことの重大さを考えるとお芝居が好きだと明言するのがはばかれた。
「……………………好きです」
「ずいぶん間がある答えだな。じゃあそれで頑張れよ。つらぬけよ。誰だって過ちを犯してしまうことはある。人間、何事も正直でないとな」
「考える時間をください」
梢の心は揺れていた。自分が女優としてやっていってもいいのかどうか、本当にやめてしまって後悔しないのか。突きつけられた現実にすぐに答えを出せないで終わってしまった。
「わかった。また話そう」
「ありがとうございます。また電話します」

梢の都内のマンションはそのままにしてあったが、自宅には戻らず梢は鎌倉の内田の家に泊まった。
鎌倉は二本目の映画を撮影した場所でもあった。梢の脳裏に、さまざまなシーンが浮かんでは消えていった。
「ただいま」
梢は黒い帽子とマスクをとった。
「おかえり。なにも食べてないんでしょ? なにか作ろうか?」
内田が優しく言った。
「いらない。耀は?」
「もう寝てるよ」
時計を見ると夜中一時をまわっていた。
「そうだよね。……それでね? 事務所に引退したいって言ったら説得された。復帰してお芝居で償えって」
「うん」
「私も女優の仕事が好きだけど怖いの」
「恐れをこえていくのが梢のやりかただろ? 俺もまた女優の梢を見たい」
「……」
「腹をくくる? どうする?」
「……そうだね、腹をくくるよ。やっぱり私は女優でいたい」
梢は、少し間をおいて慎重に答えた。
「うん。俺も全力で梢をマスコミから守るから、いっしょに頑張ろう」
内田に抱きしめられた梢の胸は熱くなり、目には涙が浮かんだ。

大杉ナツナ

「自分を深く知る」ことをさまざまな角度から探求し、自分を癒やしていく過程で、生きづらさの原因がHSPという特性であることにたどりつきました。

このブログはHSPという特性に向き合いながら、結婚と天職を手に入れるまでの心の深海潜水夫記録です。

大人になってHSPを知り、ふに落ちた過去の思いを忘れずに書きとめておきたいと思い始めました。小説も書いています。

現在、工場で働くHSPアラフォーです。
あくまで、個人的考察です。

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