小説「ゴールドラッシュ」続き14

小説「ゴールドラッシュ」 小説

第三幕 〜電気的な嵐に従う女〜

春分の日
梢は今日を『宇宙元旦』と呼んでおり、本当の一年の始まりは今日だと思っていた。今年の夏で二十七歳になる梢は、三十歳になる前にもう一度映画の主演をやりたかった。
伊勢原で希子に会うため、花粉症の梢はサングラスとマスクして駅に向かい歩く。いつもの変装と変わらない。
希子の地元は大震災で住める環境ではなく、ホステス時代に住んでいた東京よりも都心から離れた場所がよかった希子は、新宿まで小田急一本で行け地元の町に似ている神奈川県伊勢原市に住んでいた。梢も昔神奈川に住んでいたことがあり、地名を聞くととても懐かしいものが胸に込みあげてくる。
伊勢原でいっしょにご飯を食べるため初めて新宿からロマンスカーに乗った梢は、希子と耀に会うのが待ち遠しく胸を弾ませた。
希子に会うのは二年振りだった。

梢が伊勢原の改札前で待っていると、長かった髪を肩の上までバッサリと短くした希子と小さな耀が現れた。希子は少しばかり痩せたような氣がした。あいさつもほどほどにふたりはファミレスに入り、それぞれのランチとチャーハンを注文した。チャーハンは、耀が食べられるように少しだけ柔らかくしてもらうように付け加えた。
「久しぶりだね、元氣だった?」
「うん、元氣にしてたよ。それにしても優秀主演女優賞おめでとう。すごいね」
「ありがとう」
「実はさー、ラインでも送ったけど私離婚したんだよね」
「うん、びっくりしたよ。大変だったね」
「だから、今息子とふたり暮らしなんだ。シングルマザーだよ、人生ってわからないもんよね」
希子はシングルマザーをやりながら、ホステス時代の貯金と近所のスーパーでレジを打ちながら生活している。
「子どもの前であれだけど、私は内田にもっと育児に取り組んでほしかったの。耀の前で、ふたりが言い争う姿は見せたくないじゃん? どこかで夫婦のバランスを崩してしまって、別れたほうがお互いのため耀のためだと意見が一致して、離婚になったんだ」
「そうだったんだ」
「すれ違いっていうやつよ。でも、子どもって幼くてもいろんなことちゃんとわかってるんだよね。今のところに引っ越してから、私に心配をかけないように、耀は元氣そうに振る舞っているんじゃないかなって感じるときがあるんだ」
「ちょっと心配だね。耀君、もともとおとなしい性格なの?」
「そうかもしれない。一歳の公園デビューのときもすんなりとはいかなかったし…」
希子の隣では、もうすぐ一歳半になる耀が具沢山のチャーハンを口にいっぱいほおばり、おいしそうに食べていた。
これくらいの年齢から幼児食に切り替え、大人と同じものが食べられるようにすると希子は話していた。その視線は愛情に満ちていた。

二十八歳 九月
深夜0時をまわっている。
突如、梢の枕元のスマホが鳴り響いた。
こんな時間に誰だろう?
梢はディスプレイを見るが、知らない番号だった。あまりにもコールがしつこいので、緊急かもしれないと通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「こんな時間にごめん、内田だけど…………驚かないで聞いてほしい。……希子が自殺した」
「えっ?」
梢はなにかの間違いではないかと思った。
一瞬心臓が止まり、梢の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
内田は希子のスマホから梢の連絡先を探して連絡したのだと話した。
「夜二十一時ごろ、子どもの泣き声がずっとしてたから隣の部屋の人がチャイムを鳴らしたら誰も出てこないから、心配になって大家さんに連絡してなかに入ると、風呂場で手首から血を流した希子が倒れてたらしいんだ。自分も電話をもらってすぐ病院へ駆けつけたけど、まだわからない。手術は終わったけど大量出血で……」
内田の話を冷静に聞こうとする梢。しかし、流れ落ちる涙が、梢の頭に入った情報を押し流してしまう。

ダメだ、頭が混乱する。
とにかく、行動しなければ。
頭が動かないなら足を動かせばいい。
「今、どこ?」
「まだ病院だよ」
「私も行く。どこの病院?」
「◯◯病院…」
梢は、帽子のツバを深めに曲げ下向きにしてかぶると、顔面蒼白な顔と両目を隠した。暗闇に鳴り響く雷の光と音は、梢の悲しみをかき消すかのようにますます大きくなっていた。
タクシーに飛び乗り、いまだ水没し続ける視線を窓の外に向ける。
まだ死んだわけではないと自分に言い聞かせ、梢は正氣を取り戻そうとした。
外は珍しく豪雨で、耳が聞こえなくなるような激しい雷鳴のおかげか、梢の嗚咽は運転手には届いていないようだった。
普段であれば煩わしい雷雨に、梢は今だけは感謝した。
希子に会ったのは、去年の宇宙元旦が最後だった。

病院へ着くと、梢は深めにかぶった黒い帽子とサングラスとマスクを外した。
「希子!」
梢は叫んだが、そこにあるのはすでに呼吸していない希子の姿だった。声をかけたら目を覚ましてくれるんじゃないかと梢は何度も体を揺すったが、希子は目を覚ますことはなかった。
大量出血による失血死だった。
内田に抱かれた耀は、何が起こっているのかわからない様子で、不安そうに周りの大人の顔色をじっと見ていた。
底の見えない絶望と悲しみに襲われ、梢は号泣した。

朝方に梢は家に帰ると、入っていた仕事を一週間キャンセルするためマネージャーに電話をかけ、スケジュールを調整してもらった。精神的に仕事ができる状態ではなく、警察や葬式、その他もろもろのことでしばらく忙しい日々が続くと考えたからだ。
警察は自殺の原因をシングルマザーで育児に疲れてしまったんじゃないかと説明した。

雨のなか、希子の葬式が行われた。梢は内田にあいさつした。
「これ、希子の部屋を整理してたら机の引き出しから出てきたんだ」
「遺言書…」
「…かもな。検認手続きは終わっているから、吉川さんに渡そうと思って」
その白い封筒には「梢へ」と書かれてあった。梢は内田からその封筒を受けとると、中身を取り出した。

--梢へ
もう疲れました。
両親のところへ行きます。
逆境に負けない梢の生きかたが羨ましかったです。
雫は梢にお似合いだと思う。
女優、応援しています。
耀をよろしく。
今までありがとう--

育児などで疲労がたまっていたのだろうか?
希子の性格からして、人に頼ることは昔からしないほうだから…。
もっと、私から連絡をとっていればよかった。
梢は、希子の明るい部分しか見てなかった自分を恥じた。

大杉ナツナ

「自分を深く知る」ことをさまざまな角度から探求し、自分を癒やしていく過程で、生きづらさの原因がHSPという特性であることにたどりつきました。

このブログはHSPという特性に向き合いながら、結婚と天職を手に入れるまでの心の深海潜水夫記録です。

大人になってHSPを知り、ふに落ちた過去の思いを忘れずに書きとめておきたいと思い始めました。小説も書いています。

現在、工場で働くHSPアラフォーです。
あくまで、個人的考察です。

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