小説「ゴールドラッシュ」完

小説「ゴールドラッシュ」 小説

肩の荷がおり、家でのんびりと過ごしていた梢はテレビを観ていた。テレビのニュースでは、さまざまな知識人たちやベテランの芸能リポーターが、梢を応援したいとコメントを述べていた。梢の演技が認められ、少しずつ応援してくれる人が増えている証拠がここにあった。
ネットもある今の時代、情報は早いものだ。
ずっとテレビや映画で梢を観てきた全国のファンから、電話やFAXが各テレビ局に殺到していた。

ネットの視聴者の声には「記者会見を見て舞台を観にいきました。吉川さんに勇氣をもらった氣がします」「いろんなことで傷ついてきた吉川さんは、完全に復活したと思います。これからも応援します」「個性的な吉川さんが好きです。生身の人間として尊敬します」「吉川さんの生きざまが好きです」「舞台を初めて観に行きました。感動しました」というような声がたくさん届いていた。

新聞の見出しが『吉川梢舞台大成功』『カーテンコールに涙』に変わっていた。
梢は、何か大きな見えない存在に突きうごかされているような感覚さえあった。それは運命とも言える代物だった。「まだまだあなたは、この地球に生まれた役割をまっとうしていない。まだ半分ですよ」と言われているようだった。
梢は優しい日射しに甘え、ぼんやりと過ぎていく季節のことを思った。

次の日。仕事のオファーがいくつも舞いこんできたため、梢は事務所にいた。
電話が鳴った。
「もしもし、こちら“ひとり一宇宙委員会”と申しますが、吉川梢さんにお仕事をお願いしたいと思い、スケジュール確認のためお電話差しあげました。吉川さんはいらっしゃいますでしょうか?」
「はい、本人に変わりますね」
事務員は梢に受話器を渡した。
「お電話変わりました、吉川です」
「あのー、今回吉川さんにお仕事でお願いしたいことがありまして、夏に“ひとり一宇宙委員会”でイベントを開催することになりまして、メインゲストで出演をお願いしたいと思いまして」
「“ひとり一宇宙委員会”ですか?」
「はい。“ひとり一宇宙委員会”は、ざっくり言うと一人ひとり違った価値観や個性があってもいいじゃないかというコンセプトでして」
「はい」
「“周りの価値観や流行に流されるのではなく、自分の個性や価値観を大切にしよう、みんな違ってみんないい”というイベントでして、メインゲストは他に二名いらっしゃいます」
梢は世間的な自分へのイメージや女優としてのイメージから、もっと世間に広く受けいれられているタレントを起用したほうがいいと思った。
「二十代の役者さんやタレントさんのほうがいいと思いますよ?」
「いえいえ、吉川さんには話題性がありますので」
「吉川さんは逆境にめげませんよね? 吉川さんの女優活動で勇氣をもらった人間がたくさんいるんです」
「……」
梢の記者会見や舞台を見て、いかに梢が世間に影響を与えたのかを理路整然と話しはじめた。
他の二名は、梢が映画で女医の役をやったときの役者らしく、梢は神様からのサプライズかもしれないとうれしい氣持ちになった。
「ぜひ、メインゲストとして出演していただけないでしょうか?」
「わかりました、やらせていただきます。ありがとうございます」
梢は受話器をおくと、「ひとり一宇宙」という言葉に胸が高鳴った。

梢は「ひとり一宇宙委員会」のイベントの前に行われる記者会見に出席した。
そこには、「ひとり一宇宙委員会」のユニフォームに着がえた梢がいた。猛暑での活動を想定し、裾の両サイドから熱を逃がすためのスリットが入っている。
ユニフォームを着たせいか、梢は真っさらな新鮮な空気のなかにいるようで氣持ちよかった。
「吉川さん久しぶりだね、今日はよろしくね」
「おはようございます、五年ぶりですね。よろしくお願いします」
「俺たちあの映画のあと仲よくなって、ときどき一緒に飲みにいってるんだよ」
「五年なんてあっという間ですよね。また、吉川さんと一緒に仕事ができてうれしいですよ」
あのときの真面目な医師を演じた役者が言った。
「私もおふたりと再会できてうれしいです」
ふたりは、梢の記者会見のことは何も聞かないでいてくれた。
ユニフォームを着た梢は、自分の未来も明るいに違いないと思った。

三十歳 五月
結局、あれから梢は一度も自分のホロスコープを作ったことはなく、ホロスコープどおりの人生かと聞かれたらわからないとしか答えようがない道を歩んでいた。一命をとりとめた母との関係は何も変わっていない。母の介護は、今は兄嫁が引きついでいる。近況報告で、兄嫁が母は有名になった娘のことを誇らしく思っていると、弱々しい口調で兄に話していたと教えてくれた。
梢は電話でそれを聞いてホッとしていた。
嫌なことは絶対に避けていた頑固者の兄は、結婚して性格が柔らかくなり、母に話しかける頻度が増えていた。
(母も角がとれて丸くなったのか、介護されることで、ゆっくり自分の人生を振りかえっているのだろうか?)

防音にしたリビングでは満開の赤いチューリップが透明なガラスの花瓶に飾られ、雫がピアノを弾いていた。
もうすぐ五歳になる耀は、バニラのアイスクリームをたいらげると、満足そうに恐竜図鑑を見ていた。
「耀は幼いながらも、心配をかけないように元氣なふりをしているんじゃないかなって思うときがあるの」
梢は希子の言葉を思いだしていた。
耀はときどき寂しそうな顔をのぞかせたりもするが、もう母親はこの世にいないということを理解させるまでに時間はかからなかった。そのため、聞きわけがよすぎるのが心配だと雫も言っていたが、これからは三人四脚で頑張っていきたい。
空になった耀のお弁当箱を洗いながら、日常のなんでもないほのぼのとした安心感に包まれた梢の顔に、優しい笑みが浮かんでいた。雫はツインレイではないが、今感じる幸せが梢のすべてだった。
これは梢なりの着地点であり、女優人生も含め内田梢という大輪の花を咲かせることができた氣がしていた。

梢は洗い物を終えると、まだ開けていない引っ越しの荷物を少し片付けようとダンボール箱を開けてみた。一番上に手のひらにのるくらいの白い小さな箱があった。
「これなんだっけ?」
ふたを開けてみると、中に緑色の小さな銅板が入っていた。それは、梢が小学生のころ七宝焼きクラブで作った緑の葉だった。
(懐かしい……)
梢はその緑の葉を手のひらにのせてみた。
柔らかな半透明の深碧の焼きあがりで、ブローチにできそうだった。
(そうだ、あのとき普通の緑の粉を使っていたと思っていたけど、あとで粉末を確認したら半透明と書かれていたんだっけ……。バトンクラブに入りたかったけど、自分に自信がなくて、結局七宝焼きクラブに入ったんだっけ……。やってみたら、自分の手で輝きを生みだせるアクセサリー作りは楽しかったけど、窓からバトンクラブの練習をチラチラ見ていたなあ)
そんなことを思いだしていた。

いろいろあったけど乗りこえてきてよかった。
きっとこれでよかったに違いない、今もそしてこれからも。人生は、喜ばしいこともそうでないことも両方あっていい。両方味わってやればいい。
そう思える心のしなやかさが梢のなかに育っていた。
家庭環境も含め、すべてを許し受けいれることができた梢は大きく成長していた。

(もしかしたら、本当に手に入れたかったものはずっと自分のなかにあったのかもしれない。母の理想やいろんなことがまざりあって、もともとの本質を自分自身が嫌っていたのかもしれない。母の呪縛に翻弄された部分はあったけど、一番自分を傷つけ、自分のよい部分を見てこなかったのは自分自身だったのかもしれない。自己否定していたのは自分だったのかもしれない)
梢は、美しいと思える自分だけの美意識がちゃんと自分のなかに育ったことが誇りだった。だから、母との折りあいが悪いことは当然だったとふにおちた。
人生に必要なものはすべて自分のなかにあり、何もなかったわけではなかった。
振りかえればあの日、梢が夕焼けを見ながら祈ったことはすべてかなっていた。

普通に結婚して子どもを生んで幸せな家庭を作るということが女性にとって一番幸せだと言う人もいるが、時代とともに人間の“幸せ”は変化していくのだ。一過性のはやりすたりなどではなく、もっと多くの幸せがあり、個人の個性がきらめくしっくりくる生き方や環境はそれぞれ違う。違っているのが当然なのだから、世間に惑わされてはいけない。
ひとり一地球なんて言ってられない。
ほんと、ひとり一宇宙だ!
枠にとらわれず歪な自分の個性のまま、オリジナリティのある女優、梢という人間の人生を歩んでいきたい。
雫と耀がうなずくかわからないけど、今夜は屋根に登り三人で星空を眺めたいなぁ。

大杉ナツナ

「自分を深く知る」ことをさまざまな角度から探求し、自分を癒やしていく過程で、生きづらさの原因がHSPという特性であることにたどりつきました。
このブログはHSPという特性に向き合いながら、結婚と天職を手に入れるまでの心の深海潜水夫記録です。

大人になってHSPを知り、ふに落ちた過去の思いを忘れずに書きとめておきたいと思い始めました。小説も書いています。

現在、工場で働くHSPアラフォーです。
あくまで、個人的考察です。

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