小説「ゴールドラッシュ」続き23

小説「ゴールドラッシュ」 小説

三十歳 三月
立ち稽古が終わり、今日から本格的に通し稽古に入った。すでに開演二週間を切っていた。通し稽古というのは、実際に衣装を着て最初から中断しないで本番通りに進めていくものでドレスリハーサルとも言う。ここで徐々に完成度を高めていく。
裸足にパジャマ姿の梢に、いよいよ出番が近づいてきた。
主婦の梢が狂乱し、夫を殺してしまう寝室でのシーン。女優として真価を問われる見せ場だった。
夫に静かに歩み寄る梢。手には包丁を持っている。その静けさを破って梢の頭上から大きなシャンデリアが落ちてきた。
ガシャン。
強大な質量が舞台にたたきつけられ、ガラスの割れる音が静けさを破った。
床にシャンデリアのガラスのカケラが四散し、舞台上には透明なカケラたちが光っていた。
シャンデリアは梢の体のスレスレのところに落ちた。
顔にけがはなかったが、ガラスのカケラが右腕と足にトゲのように突き刺さっていた。梢の腕と足に赤い血が四肢を流れる。
「すみません。けがしなかったですか?」
スタッフが大慌てで、右腕と足から血を流している梢に駆け寄った。
「大丈夫です」
平然を装っていたが、梢の足はガクガク震えていた。
たぶん、あの駐車場で会った女優だ。犯人は誰でもいい。私の復帰を望まない人間がいてもおかしくないのだから。
梢は覚悟していたことだと自分に言い聞かせた。
「すみません。三十分休憩にします」
騒然とする。

「お疲れさまです。吉川です。このあと病院の予約を取ってもらえますか?」
「どうした?」
「稽古中にちょっとけがしてしまったんです。スタッフには了解をもらっています」
梢は周囲にスタッフがいたこともあって詳しい内容を伏せて、マネージャーに病院の予約をお願いした。電話を切ってガラスのカケラが刺さった部分の血をタオルで拭き取る。幸いなことにガラスのカケラが食い込んでいるわけではなかったようで、包帯を巻いて通し稽古を再開した。
「異物感はないので大丈夫だと思います。皆さんもスケジュールが詰まっているはずですから、包帯だけ巻いて再開させてください。今は少しでも完成度を高くしていかないと……」
梢は申し訳なさでいっぱいだった。心配したスタッフもいたが、女優を続けられるかどうかがかかったこの舞台を失敗させるわけにはいかなかった。
寝室でのシーンでの梢の衣装は、監督の指示で本番の際に包帯が残るようであれば、パジャマの上からカーディガンを羽織り、靴下を履くことになった。
スタッフや共演者の前では氣丈に振る舞っていた梢だったが、徐々に限界に追い込まれていった。

梢は病院にいた。受付を済ませ、呼ばれるまでマネージャーとソファーに座り待つことにした。梢は批判ばかりなのはわかっていたが、フロアの隅にある本棚から週刊誌を持ってきて、自分の記事を読んでみた。
悪意のある記事ばかりが目立ち、ますます梢の心は重くなるばかりだった。
「吉川さん、吉川梢さん」
梢は診察室に入った。
「仕事でけがしてしまってガラスのカケラが刺さったんですが、なかには残っていないと思うんですが診てもらえますか?」
梢は包帯をとり傷口を先生に見せた。
「そうですね、特に異物は見あたりませんね。消毒だけしておきますね」
「痛っ…」
傷口がしみて、梢は思わず声をあげた。
「傷はきれいに治りますか?」
「何とも言えませんが、足のほうは少し傷が残るかもしれませんね」
梢は先生の言葉を待合室で待っているマネージャーに伝えた。
肉体だけならまだしも、精神的に体が悲鳴をあげていた。ボロボロだった。
女優は作品で示すしかないと梢は思っていたが、不安や恐怖、舞台での主役のプレッシャーや嫌がらせなど氣にしないようにしていても、嫌がらせがあると梢の意識はそれにすべてを乗っ取られてメンタルが大きく揺さぶられてしまう。
復帰は間違っていたのかもしれない。決心したはずなのに揺らいでしまう私はダメな人間だ。
自己否定でいっぱいの梢がいた。

精神的にも体力的にも限界がきた梢は、わらにもすがる思いでマンションの一室を訪ねた。
以前、希子から聞いたことがある人氣のスピリチュアルセッションをしている人で、オーラリーディングとヒーリングというものをいっしょにやってくれるそうだ。自分のオーラからさまざまな情報を読み整えてくれると希子が熱く語っていたのをよく覚えている。
オーラの状態は常に変化するらしく、セッションでオーラを読み取ることでよりよい方向へと導いてくれると口コミの評判はよかった。

梢はお香の香りが漂っている部屋に踏み入る。白い壁にはシンプルな絵画が飾られていて、ヒーリングミュージックがかけられている。
部屋の中央に氣さくそうな四十代くらいの女性が座っていた。
「こちらへどうぞ」
「吉川です。よろしくお願いします」
梢は促されるまま椅子に座った。
「こういうセッションは、初めてですか?」
その女性は、梢の目をじっと見ながら優しく言った。
「はい。実は仕事でいろいろありまして……どうにかよい方向へ向かえないかと悩んでいまして……」
「そうですね。芸能界は人に見られるお仕事ですから大変ですね」
梢は、今現在の自分のオーラの状態を見てもらった。
「エネルギーが枯渇しているような状態ですね」
「なんか疲れてしまっていて」
梢の目元にはファンデーションでは隠せないほどのクマができていた。
「比較的きれいな場ができていますが、吉川さんのエネルギーがなぜか感じられない不思議な場ですね。それはなぜなのか尋ねると、氣持ちは決まっているのにそれを無視しているからだと返事がきました」
「私が自分の本心を無視しているということですか?」
「はい、そうです」
「今、吉川さんは何がやりたいですか? 本当の思いはなんでしょうか? 本当の本当の思いはなんですか?」
「女優の仕事がしたいんです。でも、自信がなくなってしまって……」
「今ヒーリングしているのですが、傷ついた吉川さんの満身創痍のハートがあらわれました」
「心当たりがあります」
梢は苦笑いした。
「自分の本心や氣持ちを認めてしまうと、自分がより傷つくのではないかという“恐れ”をもっていたので、まず傷ついたハートを癒やして恐れを取り除きました。今は変化のときです。ハートの声にしっかり耳を傾けましょう。望みどおりの生きかたは、新しい人生に挑むことでひらけていきます。あなたは独創的で創造性があって、繊細な優美で素晴らしい感性を持っています。あなたをあなた自身がもっと好きになってあげてくださいとのメッセージです」
「自分を好きになるって心の声に耳を傾けてそれを実際に行動に移す、自分を信じるということですか?」
「そうです。吉川さんは女優として輝きたいという思いがあるにもかかわらず、自分を信じられず不安になっていませんか?」
その女性はスラスラとメッセージを伝えた。
梢は、なぜそこまでわかるのか不思議だったがその通りだった。
自分の意識を切り換えないと…。新しい人生を、自分なりのやりかたでやってみればいいんだ。
梢は少し氣が楽になった。

大杉ナツナ

「自分を深く知る」ことをさまざまな角度から探求し、自分を癒やしていく過程で、生きづらさの原因がHSPという特性であることにたどりつきました。

このブログはHSPという特性に向き合いながら、結婚と天職を手に入れるまでの心の深海潜水夫記録です。

大人になってHSPを知り、ふに落ちた過去の思いを忘れずに書きとめておきたいと思い始めました。小説も書いています。

現在、工場で働くHSPアラフォーです。
あくまで、個人的考察です。

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