どこをとっても私は「ブルーベース(ブルベ)冬タイプ」ではない。でも、おしゃれするのが楽しくなりそうなので、どうしても色のコンストラストがはっきりとした原色が似合う「ブルベース(ブルベ)冬タイプ」の色やデザインに惹かれてしまう。
原色は、その色だけで成立するくらい個性的なイメージがある。自己主張の強さと存在感がある。昭和から平成にかけての地の時代、いわゆる物質主義・権力主義の時代は、原色が似合う人が良しとされてきたように感じる。
世に出て活躍している方に原色が似合う人が多いと感じるし、プライドが高そうで近寄りがたい反面、私には幸せを謳歌しているイメージがあった。
本当に幸せかどうかは別として、社会で華やかに活躍しお金を稼いでいる。
反対に、「ブルーベース(ブルベ)夏タイプ」は自分では選んでこなかった色味で、今までの私の世界にはなかった。よく言えば繊細で柔らかくて女性らしいイメージがあるが、ぼんやりしていて好きではない。
存在感がなく、地味で、なんとなく生命力が薄そうでもある。それに安っぽく感じられるし、子どもっぽいようにも思えたり、幸薄そうだったり、なんだか弱々しくて人に利用されそう。自己犠牲になりやすく、人づきあいも苦手そう……。
ネガティブなイメージばかりだ。
はっきりしない色なので、この色合いが似合う人も決断力がなさそうに感じるし、リーダーよりサポートタイプで社会で活躍する力強さとはほど遠いイメージがある。
そんなイメージしかなかったので、「ブルベース(ブルベ)夏タイプ」の自分が嫌だったし、なかなか似合う色味の洋服が見つからない。勝手に圧迫感を感じてしまう。だからズバズバとものを言いそうな原色を着こなしている人を見ると、個性がはっきりしていていいなあと思ってしまう。
今でこそHSP気質という言葉も知られているが、昭和や平成の時代は「ブルーベース(ブルベ)夏タイプ」の癒やし系は、個性がなく、生命力がなく、体力がなく、メンタルが弱く、存在感がなく、つまはじきにされたイメージしかなかった。
それが社会的にダメな事だと思い込んで自己否定につながっていった。
原色が似合わない私。存在感がない私。
現実生活で、秋や冬タイプの原色が似合う人ばかりがおいしいところをもっていく。
華やかに活躍している人には、秋や冬タイプが多い。
…………そんな気がしていた。
持って生まれたものなので、自分の本質をいい当てているようにも感じるが、なんだかこの時点で人前に立つ華やかな仕事が適職だとは思えなくなってくる。芸能人や知的でかわいい女子アナは「イエローベース(イエベ)春タイプ」や、フリルやフワッとしたかわいい女子力が高い服装が似合うことが多い。
自分の場合は違ったが、自分の好きなものがたまたま似合うものだったというのが一番よい。
春、秋、冬タイプのドレープを一枚ずつあてていく。
まず黄みの強い色を身につけると顔色がくすんで疲れて見えてしまうので、まったくもってオレンジや茶色が似合わなかった。また、冬タイプに合う強い原色もまったく似合わなかった。
反対に自分に似合う夏タイプの色は、肌の透明感が増して顔色がよく見えた。「ブルーベース(ブルベ)夏タイプ」にも似合う黄色や緑系もあるが、私に似合う色の上位には入らなかった。話は逸れるが、「色味」と「色合い」を調べたら同じ意味だった。
「キキララ」の話とリンクするので、ここで書き留めておきたいことがある。
今でも好きなのは「キキララ」だけだが、子どものころの私は「ハンギョドン」や「みんなのたあ坊」など、友だちの影響などで使う文房具が変わる子どもだった。
サンリオキャラクターの「キティちゃん」は、みんなに愛されていて王道というイメージがあるが、私は原色の「キティちゃん」ではなく、淡い色使いの「キキララ」のほうが好きだった。
その色合いに優しさや柔らかさを感じられる「キキララ」は、「リトルツインスターズ」が公式名らしく、ララがお姉さんでキキが弟。サンリオの公式ページには「人」ではなく双子星から来た「不思議系」に分類されている。
続く……。
「自分を深く知る」ことをさまざまな角度から探求し、自分を癒やしていく過程で、生きづらさの原因がHSPという特性であることにたどりつきました。
このブログはHSPという特性に向き合いながら、結婚と天職を手に入れるまでの心の深海潜水夫記録です。
大人になってHSPを知り、ふに落ちた過去の思いを忘れずに書きとめておきたいと思い始めました。小説も書いています。
現在、工場で働くHSPアラフォーです。
あくまで、個人的考察です。